今日も笑顔で

亡き息子と共に生きていく…日常の記録

私にとってのブログとは…。

virtualinsanityさん、こんにちは。

いつも⭐︎をつけてくださりありがとうございます。

だいぶ前から気になっていてお礼を言いたいなと思っていました。

随分前にブログはやめたのですよね。

それなのに私のブログをずっと読んでくださっていて嬉しいです。

心から感謝をしています。

きっとしょうごも喜んでいてくれていると思います。

 

正直もうブログをやめようかなと思う時がありました。

読者の中には登録をしてから全く読んでくれていない人も正直いますし、読んでくれていても、私がいいねをしたので仕方なく読む人もいるといるのだなと思う。

でも最近は応援してくれている人もいるということを、すごく感じます。

それは一人かもしれないし、五人かもしれない。

例え一人だとしても、私のことを理解をしてくれる人であり、何かを感じて共感してくれているのだと思います。

 

 ブログは私にとって、いつの間にか元気薬になっていました。

いつも読んでくださる人がいて、そして励ましてくださる人がいます。

本当にありがたいですね。

 

息子のことをいつも思い出します。

  息子が亡くなって、私は人間は死ぬと理解をした気がします。

 

父親が癌になって、最終的に食事も出来なくなって寝たきりになったときに、家族が皆集まった場で一人一人にありがとうとお礼を言っていました。

それは最後のお別れのような、ありがとうの言葉でした。

今思えば、父は命が残り少ないことを悟っていたからだと思います。

そのときの私は、父は必ず病気が治ると信じて疑わなかったので、何も言葉をかけることが出来ませんでした。

もう会えないとわかっていたなら、私もありがとうと言葉を掛けたかったです。

 

息子は本当に急に亡くなって、死に目にも会えなかった…,。

最後に何を思い亡くなったのかなと思うことがあるけれども、きっと家族のことを思ったのだと感じます。

 

私は父のときと同じように最後に何も言葉をかけることが出来なかった。

悔しいです。

 

 

何を言いたいか自分でも分からなくなったけれど、人間はいつかは死ぬということ。

 そのいつかは明日かもしれないし、それは誰にもわからない。

 

後悔をしない為に、やりたいことをすればいいし、やるべきことは後回しにしないで、すぐに行動に移せばいいのだと思う。

ありがとうやごめんなさい、それから好きとか愛してるとか、身近な人にたくさん言ってあげたらいいと思う。

 

一番好きな大事な人、愛しい人に明日は会えるかわからないのだから。

 

どんなに願っても祈っても、死んだら二度と会うことは出来ない。

それは

顔を見ることは出来ないし、

もう声を聞けなくて、会話をすることは出来ない。

それは

とっても辛く、ものすごく悲しい現実。

昨日まで存在していた人が、もうこの世にはいないのだから。

 

今この一瞬を大切に生きて、今目の前にいる人を大事にすればいいと思う。

 

話がまとまっていなかったけれども、いつもは心の奥にしまってある思いを、ブログで聞いてもらえるのはとてもありがたいです。

 

皆さん、これからもよろしくお願いします。